無料ブログはココログ

« 江戸時代の刑場跡 小塚原回向院 | トップページ | 横浜 三溪園の紅葉 »

頼朝、義経のおじいちゃん 源為義の墓

Photo
参道のような道の入口は七条通りの商店街に面しています。
Cimg0623_2_r
やや見えにくいかなぁ。「六条判官源為義公墓」とあります。
Cimg0629_2_r
近年の大河ドラマでは、小日向さんがこれまでにない為義を演じきり新しい印象を現出しました。

平氏とは違い、源氏は血縁での競争が激しく、為義も最後は息子の義朝に首を討たれます。

墓となっていますが為義の遺体を埋葬した場所ではありません。罪を受けての処刑ですから、遺体を丁寧に扱ったとは思えませんので設立時から供養塔のようであったと思います。

社殿によると戦国期以前に七条通りの北側にあったようで供養塔は江戸時代の初期に再整備されたとのことです。

現在地に移動したのは明治時代です。

源家は八幡太郎義家の時代に宮廷に足場ができましたが子孫たちは、喧嘩ばかりしてなかなかポジションができません。

為義はアウトローです。トラブルが多くとても品行方正とは言えない。
最後は保元の乱で生涯を終えます。

この地に葬られたのがいつかは定かでないですが、六条堀川の邸宅からも近く(ひょっとすると領地内だったかも?)、縁者の誰かがそっと供養をしていたのかもしれませんね。当時は今日のはずれでもあったはずれでもあったはずですから。

◆源為義の墓

所在地 京都市下京区朱雀裏畑町(七条新千本東入ル)

アクセス 市バス七条千本下車すぐ

« 江戸時代の刑場跡 小塚原回向院 | トップページ | 横浜 三溪園の紅葉 »

名所・旧跡・史跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210945/67959365

この記事へのトラックバック一覧です: 頼朝、義経のおじいちゃん 源為義の墓:

« 江戸時代の刑場跡 小塚原回向院 | トップページ | 横浜 三溪園の紅葉 »