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2016年10月

頼朝、義経のおじいちゃん 源為義の墓

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参道のような道の入口は七条通りの商店街に面しています。
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やや見えにくいかなぁ。「六条判官源為義公墓」とあります。
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近年の大河ドラマでは、小日向さんがこれまでにない為義を演じきり新しい印象を現出しました。

平氏とは違い、源氏は血縁での競争が激しく、為義も最後は息子の義朝に首を討たれます。

墓となっていますが為義の遺体を埋葬した場所ではありません。罪を受けての処刑ですから、遺体を丁寧に扱ったとは思えませんので設立時から供養塔のようであったと思います。

社殿によると戦国期以前に七条通りの北側にあったようで供養塔は江戸時代の初期に再整備されたとのことです。

現在地に移動したのは明治時代です。

源家は八幡太郎義家の時代に宮廷に足場ができましたが子孫たちは、喧嘩ばかりしてなかなかポジションができません。

為義はアウトローです。トラブルが多くとても品行方正とは言えない。
最後は保元の乱で生涯を終えます。

この地に葬られたのがいつかは定かでないですが、六条堀川の邸宅からも近く(ひょっとすると領地内だったかも?)、縁者の誰かがそっと供養をしていたのかもしれませんね。当時は今日のはずれでもあったはずれでもあったはずですから。

◆源為義の墓

所在地 京都市下京区朱雀裏畑町(七条新千本東入ル)

アクセス 市バス七条千本下車すぐ

江戸時代の刑場跡 小塚原回向院

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JR南千住の駅前です。写真正面の葵のご紋は小塚原回向院です。時代劇にも登場する名前です。江戸時代の処刑場の跡です。江戸の三大処刑場はここと、品川の鈴ヶ森、八王子の大和田です。それぞれ江戸の出入り口にあたります。みせしめということでしょうかね。

ちなみに奥の細道の出立の地ともいわれています。駅前には芭蕉の像がありました。

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さて正面です。どうもこうした建物は味気ないと感じます。
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処刑された死体は簡単に埋まられ、動物たちがあつまってすごいことになっていたようです。
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案内板にもありましたが当時腑分けと言われた解剖を公式に行った記念すべき場所です。記念は不適切かな。
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一般のお墓とは別に刑場跡がありました。
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◆小塚原回向院

所在地 東京都荒川区南千住5-33-13

アクセス JR・地下鉄 南千住駅 すぐ

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幕末、彰義隊の戦いの痕跡 旧上野の黒門

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千住は通過することが多いのですが、おりたのは初めて。南千住駅から10分ほどで円通寺につきます。

円通寺には上野寛永寺の黒門が保存されています。

幕末維新で有名な彰義隊の上野戦争では、実質の大手門として最前線にあった上野寛永寺の山門です。この木製の標柱が郷愁を誘います。

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銃弾のあとがいっぱいです。木製なので、現代の武器の威力ならすぐ破壊されるのでしょう。
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真正面から。門があった上野恩賜公園の入り口は幅がひろい。こうした門がかなりつながっていたのでしようか
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お墓を撮影するのは好きではないので、この標識だけです

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遠景の黒門 こぶりでしょう

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円通寺さんはこんな風になっています。
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このあたりで。

◆旧上野の黒門(上野寛永寺黒門) 円通寺内

所在地  荒川区南千住1-59-11

交通    地下鉄日比谷線三ノ輪駅徒歩5分、JR南千住駅徒歩10分

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