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奈良県桜井市の古墳 箸墓古墳

奈良県桜井市は古代十五代の王家の宮があり、“首都”として長く繁栄しました。当時の王家が全国を統治していたとは思えませんが、近畿を中心に大きな勢力を有していたことは間違いがありません。  

沢山の古墳が現存しており、近年は纏向遺跡が注目を浴びています。纏向遺跡は卑弥呼が統治した邪馬台国の候補地とされるようになりました。私の若年の頃は魏志倭人伝に記述された行程で九州説、畿内説を説明していましたが、その後の年代特定法や発掘調査により畿内説がやや優勢なようです。もっとも勝ち負けではありません。

箸墓の訪問はものすごく久しぶりです。

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箸墓は現在、宮内庁により第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみこと おおいちのはか)とされています。

近年の年代測定法の発達でこの古墳の設立時期が200年代半ばとなり、卑弥呼の時代と重なる可能性が高くなりました。以前より卑弥呼の墳墓の大きさと似ていることもあり候補ではありましたが、特定する意見が大きくなったようです。

最も初期に属する前方後円墳で方形部分が膨らむ初期の特徴をよくあらわしています。

●拝所 駐車場は周濠のほとりにあるので注意が必要です。

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●周濠から前方部墳丘を眺めます。
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●説明版 周辺情報が主です。
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拡大しました その1
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その2

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2013年2月には考古学協会が初の調査を行いました。こうした取り組みで歴史が進むことを願いますが、天皇家に関することですから難しいでしょうね。


今回はこの程度で。

■箸墓古墳 倭迹迹日百襲姫命大市墓

所在他   奈良県桜井市箸中
アクセス  JR桜井線巻向駅より徒歩15分

                                              きむらよしのぶ

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