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神奈川県下田市の幕末史跡

横浜から伊豆急踊り子号に乗り2時間15分で伊豆急下田駅に到着しました。初の下田は社員旅行です。
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下田市は伊豆半島南端に位置する観光都市です。高度成長期には大変な賑わいだったのですが景気の後退、地震などの影響で衰退し観光依存からの脱却に喘いでいます。とはいえ下田港は風情があり穏やかな時間を過ごすことができる気分のよい街です。

江戸時代、鎖国であった日本が始めて門戸を開いたのは下田でした。1853年『泰平の眠りを覚ました』米国ペリー艦隊の来航の翌年日米和親条約が締結され下田に米国領事館がおかれました。

幕末の激動がスタートしたわけです。ペリー、タウンゼントハリス、唐人お吉、吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬が下田の歴史を彩ります。歴史は進行します。その後横浜が開港。領事館は公使館になり横浜から更に江戸に移転します。

下田に“窓口”があったのはわすが5年でした。
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■玉泉寺
和親条約締結後米国寺の休憩所に指定されました。その後初めて米国領事館がおかれました。
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■吉田松陰 踏海の企蹄跡
吉田松陰は金子重輔と共に米国艦隊に乗り込んで海外に行こうとします。艦隊に近づこうと潜伏していた場所の跡だと。
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■吉田松陰 拘禁の跡
松陰が自首し拘禁された寺の跡だと。寺は廃寺となっており石碑のみです。
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■山内容堂、海舟会見
坂本竜馬は脱藩の罪で土佐藩の犯罪人でした。竜馬の師である勝海舟は土地藩主山内容堂に頭を下げ許しを請います。幕末の有名な出来事です。そのやりとりが行われたのがこちらです。
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・謁見の間だそうです。。。
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■唐人お吉がやっていた居酒屋跡
唐人お吉はかわいそうな人生を送りました。明治になって経営していた居酒屋だそうです。酒におぼれて廃業、その後は寿司屋になっていたとのこと。今はそのお店もやめているようでした。Cimg5015

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■ペリー上陸の地
ペリー艦隊が初めて上陸した跡。記念碑がたっていました。Photo
■長楽寺 日露和親条約締結・日米和親条約批准書交換の地
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■了仙寺
日米和親条約がこのお寺で調印されました。
本堂の裏には横穴遺跡がある。古墳時代の洞窟墳墓で伊豆半島南部の古代の特徴をあらわしています。
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史跡観光とすると一日あれば十分です。面白かった。

                                         木村嘉伸

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