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将軍足利義尚陣没の地 『鈎(まがり)の陣』跡

10年続いた「応仁・文明の乱」は経済的、政治的に足利幕府の衰退をまねきます。九代将軍足利義尚は建て直しに取り組みます。
室町幕府は創業期から不安定で、鎌倉幕府の統治を継承しつつも守護大名の独自性を許したがために次第に実力を失います。各地の守護大名は荘園を横領し勢力拡大をはかります。

将軍義尚はそうした大名の代表として近江の守護六角高頼を攻めます。義尚は大軍を率い近江(滋賀県)に進出し鈎(まがり:栗東市)に展開します。

義尚は陣没するまでの1年半在陣し仮の御所をおきます。これを『鈎の陣』と言います。結局義尚はこの地で病没します。

この間、六角高頼は配下の甲賀武士に命じ将軍の陣を襲撃させます。この奇襲は天下の主に対して一武人が直接迫るという特別な出来事でした。

現在鈎の陣跡は永正寺というお寺になっています。

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後世忍者を世に知らしめたかのように伝承されている鈎の陣ですが、たぶんただの夜襲だったと思います。

将軍義尚はこの地で病死します。

永正寺から少し離れて新たな石碑が立っていました。

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◆ 鈎の陣跡 永正寺

  滋賀県栗東市上鈎270

Map
                                            木村嘉伸

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