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2013年7月

東海道八番目の宿場 大磯宿

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平塚宿を出るとすぐ大磯宿につきます。その距離3km。川を境に宿場が並んでいます。平塚・大磯は古代から相模国の中心で国府がおかれたようです。平塚の相模国府跡は発掘により確かめられています。その後大磯の丘陵に一時国府が移動したとの推定もされています。

茅ヶ崎・平塚は土地が低く縄文時代には海岸線がかなり現在の陸地に入りこんでいました。この地に国府推定地があるのはそうした立地によると思います。

小さな宿場です。まずは大磯駅に向かいます。こちらの駅は初めて。走ってますけどね。
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駅前には有名なエリザベスサンダースホームがあります。沢田美喜の努力には頭が下がります。
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残念ながら残っているものが少なく、説明版がほとんどでした。
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小島本陣跡
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汗だくなので立ち寄りは遠慮しました。
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上方見附の説明版
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ちょっと愛想がない記事になってしまいました。
(撮影日 2013年7月20日)                                                               きむらよしのぶ

旧東海道五十三次を走る (8)平塚宿から大磯宿 27町 2.9km

平塚宿から大磯に向う。この区間は東海道で三番目に短いらしい。確かに花水川を渡れば大磯宿でした。
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花水川を渡ればもう大磯です。高麗山を間近に。
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少しだけ寄り道を。高来神社に。
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・旧街道 化粧坂に入ります。松並木が重厚です。
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化粧井戸
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化粧坂の一里塚
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古墳にも向かいたいが、時間もないので
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東海道線があるので、地下道になっていました。
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トンネルを抜けるとまたまた重厚な松並木が続きます。
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すぐ大磯宿の江戸見附跡が。
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■平塚宿→大磯宿 2.9km

東海道七番目の宿場 平塚宿

今年に入って初めての五十三次RUNです。平塚宿は現在の平塚駅前の繁華街をやや大磯側に寄ったあたりで隣の大磯宿とは花水川を挟んで対岸に展開しています。
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平塚宿地図
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平塚宿は東海道の設置とともに設立された宿場です。宿場規模は小さく次の大磯宿との距離も短い。宿泊よりは休憩を目的とした宿場であったようです。

宿場という制度は、税金や労務を免除する代わりに近隣の村落に宿場業務を委託して成立しています。公的施設ではあるものの国家(幕府)や自治体(藩)の直接経営ではありません。

宿場の業務で利益を上げることは難しく、公務にあたる人間は大変苦労をしました。これは平塚宿はこれに耐え兼ねて幕府に意義を申し立て「平塚新宿」ができました。現在の平塚駅の北側で市役所がある一帯です。時代が変わっても政治と経済は似たようなところがあります。

江戸見附を出発します。すぐ脇本陣跡があり宿場の中心施設の案内板が登場します。

・脇本陣跡
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・高札場跡
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・本陣跡
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・問屋場跡
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・平塚の碑 平塚の由来となった墓(?)
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遺跡や現存建物が少ないので、古を想起させる数少ないものです。この石柱の佇まいはなかなかよいですね。

碑の緑地を出ると宿場外れの京方見附です。

・京方見附
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京方見附は推定地です。先を見ると高麗山が見えます。
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(2013年7月20日撮影)
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