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2013年5月

京都の歴史を見守る 史跡船岡山

(船岡山の石柱   歴史に果たした役割を強く感じさせます)

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京都の保育園や幼稚園の遠足で訪れる機会の多い船岡山。山そのものが国史跡です。

船岡山の真南は千本通りに至ります。千本通りの原型は平安京の“中央通り”朱雀大路です。平安京造営に当たり船岡山が基準になったといわれています。

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訪れたことがないはずはありませんが全く記憶にないので実質初めての訪問です。

船岡山は全山ルートをゆっくり回っても1時間もかかりません。朝の散歩にちょうどよい距離感です。
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さっそく「応仁永生戦跡の碑」にいたります
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解説板
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山頂に登ります。
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子供が走り回りそうなスペースです
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大文字  いい写真じゃありませんね。
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左大文字
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木々の葉がたくさんで市内を眺めることができませんでした。秋以降にまたきます。


建勲神社 たけいさおじんじゃ と読みます。祭伸は織田信長です
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豊臣秀吉が織田信長の廟所とし天正寺を建立しようとしますが果たせませんでしたが一帯は江戸時代を通じて保護されます。

明治になり信長を祭神として造営されたました。
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保元の乱で敗れた源為義もここで処刑されています。様々な角度で特徴的な場所だったんですね。
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解説板
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◆国史跡 船岡山

 京都市北区  市営バス乗車、「船岡山」バス停または「建勲神社前」バス停

 
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足利の歴史を紹介します

「武家の古都・鎌倉」が世界文化遺産の不登録の勧告がなされた。強い興味があるわけではないが“武家の古都”という言葉に感じるものがあった。

武家の発生はさまざまで論証は難しいが、武家社会の成熟には関東が大きなフィールでであることは間違いがない。

宮廷から臣下となり都を中心に発展した清和源氏の棟梁たちは前九年・後三年の戦いで関東・東北に進出し、地域に根付きだした地方武家と融合し、新しい階級として存在感を示しだしました。

鎌倉はこうした勢力が結集し、初めて武家政権をなした地です。この武家政権の基盤は肥沃な関東平野にありました。
・関東平野
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関東平野の北部で現在の群馬県・栃木県にはその後源氏の子孫たちが展開していきます。下野・上野の国境で両毛地域と呼ばれています。この地域で一番有名なのは足利市だと思います。足利は下野国に属します。隣接するのは上野国に属する現在の太田市で、新田荘として知られています。

足利・新田ともに歴史を彩った煌くような名です。仕事で頻繁に出かけていますが改めて調べてみようと思います。

■足利・新田

足利の歴史は古く、8世紀初頭藤原京の木簡に「足利郡」の文字がみられます。また古代は東山道に属していて宿場(駅)が置かれていました。

足利と新田を隔てるのは渡良瀬川で蛇行して進むが、この川は時に流れを変えてきました。
・両毛地域Photo

北部の山岳地帯から流れ出る河川が形成した大扇状地で、実り豊かな時間が過ぎていきます。

11世紀に浅間山の大噴火で大きな損害を受けます。改めて開墾したのが源氏の一門でした。足利荘・新田荘が成立します。

今後、追々紹介していきます。なかなか奥深いので楽しみです。

きむらよしのぶ

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