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大河ドラマ「八重の桜」を見て柴五郎大将に思いが至りました

『ある明治人の記録ー会津人柴五郎の遺言』という本があります。幕末の会津藩に生まれ明治後は陸軍に入り大将になった柴五郎大将の手記を編成した名著です。

会津戦争から斗南藩に至る会津藩の悲劇が語られています。幕末の会津藩は京都所司代時代の新撰組との関わりや会津戦争の白虎隊の自決で語られることが多いのですが、それは悲劇の一部でしかありません。

会津戦争で敗戦し藩は降伏します。街には藩士の死体が放置され埋葬どころか手をつけることさえ認められません。半年以上、親族の死体に鳥獣が群がっているのをなすすべなくみていたのです。

藩は改易にはなりませんが、青森の不毛の地に斗南藩として存続することを余儀なくされます。極寒の地で廃藩置県までの3カ年をたくさんの悲劇ともに過ごしていきました。

会津藩は朝敵として厳しい時代に入ります。昭和3年、松平容保の孫が大正天皇の第二皇子秩父宮妃となります。旧藩士は復権をしたと感涙したといいます。戊辰から実に60年が経過していました。

中学の頃に読み始めました。幕末最大の悲劇は歳とともに思いがこもり涙がとまりません。

柴五郎はその後、義和団事件で世界に武名を知られ、会津の心を自決した最後まで持ち続けた達人です。

大河ドラマの初回を見ました。会津出身の新島八重の物語です。どういうわけか概述の著作に思いが至りました。

どんな展開になるのか? 会津の悲劇を引っ張るとわかりにくくなるかもしれません。

しかし楽しみにしています。
                                                 きむらよしのぶ

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