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京都市山科区の史跡 山科本願寺跡Ⅱ

推定された山科本願寺跡の外周をまわりました。既に中心的な遺跡は訪問しています。残りを紹介します。
     (前回の記事:http://c-forest.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-9a61.html)

山科本願寺は中世城郭のはしりのような縄張りを有していました。平地に土塁と堀をめぐらしただけですから防御力はたいしたことはないと思います。

前回は北部に残る土塁や蓮如の隠居地の南殿址を紹介しました。今回は残る土塁と遺跡を紹介します。

○山科本願寺の縄張り推定復元図

4箇所をまわります。まずは寺内町跡の解説板から。

 

●山科寺内町跡解説板
古い解説板です。本願寺跡のほぼ中心にあって城でいえば本丸と二の丸の間でしょうか。文章では山科団地の建設にともなう発掘調査で遺跡が発見された顛末が紹介されていました。

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●ここから西側に残る土塁に至ります。写真は南側に伸びる国道1号線からのものです。

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土塁の西側には蓮如が亡くなった寺院がありました。

●蓮如上人往生之地(西宗寺)

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●国道一号線沿いに石柱がありますが工事用の防御柵に隠されていました。ひどいものです。

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国道一号線を西に少し進み、山科西野交差点を南下する土塁の南西角の解説板があります。この解説板が一番新しいものかもしれません。

●山科本願寺土塁跡南西角

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土塁は高さ5~6m、基底部約15mとかなり大規模な部分もあったようです。

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住宅がかなり建っていますから今後の発掘は難しいかもしれません。貴重な遺跡ですから大事にしてほしいものです。今回はこれだけです。
                                                     

きむらよしのぶ

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