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神奈川県平塚市の遺跡 相模国府跡

奈良時代から江戸時代まで続いた旧分国で神奈川県の大半は相模国でした。現在の横浜市・川崎市は武蔵国に属していました。国府は県庁所在地のようなものですが長く実態がわかりませんでした。考古学的な発見は滋賀県大津市の近江国庁の発見からでした。その後全国の国府跡で発掘調査が進み、国府・国庁の実態があきらかにされていきました。相模国の国府は複数の候補地がありなかなか特定が進みませんでした。

昨年、神奈川県立歴史博物館に立ち寄ったら、国府は平塚市と掲示がありびっくりして係員に確認をしました。異論はあるものの、県の見解としては平塚市と断定したとのことでした。

国府跡を決定的にした発掘現場のあとに足を向けました。
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保存はされておらず解説板だけです。防御力のない平野であるのは気になりますが、国の真ん中で街道・水運にも恵まれた場所ですからさもありなんといったところでしょう。

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8世紀後半の住居址から「国厨」の墨書土器が出土しています。「国厨」の墨書土器は6点、国厨と判読される3点を合わせると9点になります。全国の国府遺跡や国府関連遺跡から出土する点数を上回るものでした。国厨とは国府の給食施設のことです。国衙・国庁はまだ発見されていませんが、この周辺に存在したことはほぼ確実です。

遺跡には旧東海道と思われる大型道路も発見されています。

■相模国府跡
所在地 神奈川県平塚市四之宮
アクセス 平塚駅よりバス 稲荷前停あるいは泉蔵院前停より徒歩5分
Photo

                                          きむらよしのぶ

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