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史跡 武蔵国分寺跡 附東山道武蔵路跡 (3)武蔵国分尼寺跡

国分尼寺跡は公園整備が終了しています。昭和39年(1964年)に大規模な住宅開発が行われて未調査のまま遺跡が破壊されました。遺跡は先祖の歴史ですからないがしろにする行為は自分をも否定することです。志の低いがこの狭い国土をさわってはいけません。
こういう事実があったことを頭に入れて訪問すると違った景色が見えてきて楽しめます。

興味があるが調べていないのが尼の存在です。国内の最初の尼として善信尼が有名です。それから約200年、国分尼寺成立時には全国で相当数の尼が存在したはず。支援が必要なはずなので出身は朝廷や有力豪族の縁者のはず。尼は特別な存在だったと思うのですが、どんなモチベーションだったのでしょうね。研究者より仏教関係者に伺ったほうが面白いかもしれません。ともかく武蔵国分尼寺にいってきました。

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・武蔵国分寺・国分尼寺跡周辺地図

Photo
近い駅はJR北府中駅ですが、JR西国分寺駅から東山道武蔵路国分僧寺跡を経由して向かいました。
金堂跡を右手に見て、少し進むと第四中学の一角に文化財資料展示室を見つけました。学芸員の方にお話を伺ってから府中街道を渡ります。武蔵野線の線路をくぐるとすぐ歴史公園が広がります。
・歴史公園内地図
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①石碑  石碑にも歴史があって面白い
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②東辺の区画施設跡
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③解説版
推定部分は多いものの、十分に規模を感じさせてくれます。
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④中門址
門址の一部範囲が残っています。ほとんどが道と宅地になっています。
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⑤金堂跡
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のぼり旗を掛け吊るす竿の柱穴「幢(どう)」の址です。大変珍しい。私は始めてみました。
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金堂の基壇の断面  版築の意味がわかります。
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⑥金堂基壇から、講堂跡、尼坊跡を眺める
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金堂の北側に講堂があつたと推定されています
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尼坊の付属施設だったようです
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のぼり旗が斜めになって飾られていたのでしょう。華やかだったでしょう。
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⑦尼坊跡と北辺
この壁が推定された北限です。模型は推定です。
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尼坊跡 尼が生活をしていた施設。10名程度の尼がいたようです。礎石は発見されたものと推定が混じっています。
Cimg0805
ほぼ真ん中に大きな木があります。このバランスが公園を引き締めています。

この北側に『伝鎌倉街道』があります。
                                                  (2012年8月7日:撮影)

 ■国史跡 武蔵国分寺跡
 所在地  東京都国分寺市
 アクセス JR中央線西国分寺駅または北府中駅
                                                    きむらよしのぶ

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