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史跡 武蔵国分寺跡 附東山道武蔵路跡 (1)東山道武蔵路跡

東京の府中市と国分寺市は古代の武蔵国の政治・文化の中心でした。武蔵国府や国分寺、国分尼寺など多くの施設の遺跡の発掘が行われ、歴史的な発見がなされています。この地域に出入りして10年以上たちますが、今回代表的な遺跡を訪ねることが出来ました。大変珍しい遺跡が多いので、数回に分けて紹介します。変なことを言いますが、生きているといろんな出会いがあるもので、関西のベタベタ人間の私が東京で仕事をすることになるとは思わなかったし、関東の史跡めぐりを楽しむなど考えられませんでした。能書きはこのへんで。まずは当時の“国道”の遺跡から。

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○全国七道と周辺案内図

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○東山道武蔵路
大化の改新ののち、国の統治は全国に及ぶようになりました。地図の通り、当時の武蔵国は東山道という地域に属していました。「道」というのは統治単位で、地域を通る国道の名前でもありました。都から武蔵国の国府(今日の県庁)に入るには、信濃国(長野県)から新田駅(群馬県)で南下します。武蔵国府からはもう一度同じ道を北上し、足利駅で右折して下野国(栃木県)に入っていました。新田駅からの南下道が武蔵路です。

この道は現代だと高速道路や鉄道のようなインフラです。群馬から東京を通って栃木に入る高速など現在では考えられません。当時もやはり不便と感じたようで、長くは持たず1世紀程度で間道に落ち、11世紀頃には鎌倉街道に変わったのか廃道になります。  

・12m道路    写真の正面の空間が当時の武蔵路で12mの幅がありました。
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400mに渡り古代の道路が発見されました。全国的に見ても珍しい遺跡です。道路の両端に黄色い不定形の形がありますが、それが側溝の跡です。発掘された道幅で保存されています。正面の平屋の建造物にレプリカが保存されています。

・レプリカ保存Cimg0663_2
・解説版
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・いつの時代の石柱かわかりませんが、センスいいですね。
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武蔵国分寺跡と共に史跡指定をうけています。単独ではありません。
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南の交差点を越えて一筋南下すると住宅街に武蔵路の続きの遺跡が保存されています。
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側溝が示されています。
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四期に渡る道の変化があります。当然ですが、よく残っていたものです。 
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武蔵路 解説版
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祭祀跡のようですが
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祭祀遺構は珍しいですね
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前後数箇所で発掘されています。今後も期待できそうですね。

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解説版 これが先の方が良かった
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道路面の正面にイメージイラストが掲示されていました。夢のある展示の方法でよく考えられてます。
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    (2012年9月9日訪問・撮影)

■史跡 東山道武蔵路跡
 所在地 東京都国分寺市泉町2丁目
 アクセス JR西国分寺駅より徒歩5分
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コメント

ご無沙汰してます。お元気そうですね。・・・木村氏のブログに啓発されまして、この9月の4・5日と鎌倉に行ってきました。見たいと思ったら、もう先延ばしできない年齢ですものね。今回は木村氏のブログと司馬遼太郎の『三浦半島記』が良い教科書となりました。それにしても源氏3代とその家臣団をめぐる歴史は凄惨そのものですね。正直気分が悪くなりました。そもそも人間とは何かというもはや心理学的な問題ですね。今、連載がスタートした『東海道53次シリーズ』も楽しみに読ませてもらっています。・・・9月から『淡路地方史研究会』というのに入会することにしました。淡路島の「郷土史家」に本気でなろうかと(笑)。今夏は淡路島へのフィールドワーク三昧でした。淡路島の来馬組で約600年以上組頭庄屋を務めてきた正井五郎兵衛家の『正井家文書』(5千点くらいありますがまだ目録しか完成していません)というのを軸に近世淡路の村・浦の地域史、生活史を具体的にみていきたいと思っています。話はつきません。また、いろいろとお話したいですね。

なんや、こっちにくるんやったら連絡くれや〜
それも鎌倉やったら一緒にいくのに!
今、次の時代ネタを整理してるタイミングやから
ちょうど良かったのに。

しかし、淡路はなかなか深いやろうな。楽しみやな!

俺のは唯のリハビリやけど、歴史が作り出す価値観とか
感激の種はつきへんな。

またわいわいやろうな

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