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古都鎌倉 no.5-4 鎌倉党武士団 長尾氏と長尾台砦址

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                                                    鎌倉党 五平氏の拠点MAP

    ■長尾氏と上杉謙信

    鎌倉権五郎の子孫が長尾次郎と名乗り、この地に入ったのが鎌倉長尾氏のはじまりです。頼朝の挙兵時は平家方
    として源氏と戦います。頼朝が鎌倉に入った後は三浦氏に預けられます。御家人とはなるものの三浦氏の被官で
    もあり鎌倉時代にはふるいません。宝治合戦に三浦氏と行動を共にし没落します。各地に傍系長尾氏が存続しま
    すが、節目が変わったのは親王に供奉してきた上杉家との関係ができたことです。室町時代には関東管領上杉家
    の家宰として勢力を拡大します。一方地方進出した中に史上有名な武将が登場します。越後長尾氏の長尾景虎、
    後の上杉謙信です。歴史は面白い。まさか謙信の名が出てくるとは。

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    ●長尾台峠址

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    大船駅から徒歩20分。途中城址の丘陵が見えてきます。発掘調査も十分ではないようですが、南側に高台がある
    ので本丸はそのあたりかもしれません。

    目印は長尾台御霊神社です。長尾氏がこの地に入った時に村岡御霊神社から勧進したものです。鎌倉にはたくさ
    んの御霊神社があります。鎌倉党武士団が先祖の鎌倉権五郎をいかに大事にしていたかがわかりますし、権五郎
    の英雄ぶりが感じられます。

    ●参道入り口 案内がありませんからわかりにくい

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    ●境内から見下ろした参道 かなりかわいらしい

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    ●社殿の前はゲートボール場になってました。こういうの大好きです。

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    ●本殿に掛かる由緒書

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    ●社殿横の解説版  上杉謙信の祖で説明していました。

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    ●郭? 社殿周辺には郭を想像させる平地がつながっています。

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    ●もう一つの解説版
    御霊神社のぶらんこ側から本殿裏の道に出て道なりに進むと出てきます。

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    最後は後北条氏に属し、尾根伝いに築城された玉縄城の出城でした。小田原攻めの後、廃城となったようです。


【長尾台砦址】

所在地  神奈川県横浜市戸塚区長尾台
アクセス JR大船駅より徒歩20分、バスなら長尾台バス停より5分
                                                きむらよしのぶ

 

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