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古都鎌倉 no.4-2 名越切通

名越切通は鎌倉から逗子市、横須賀市に続くルートの入口です。律令時代の東海道は鎌倉から三浦半島に出て突先の走水から東京湾を渡り内房(富津岬)に繋がっていました。
現在の横浜市~東京にあたる武蔵国は内陸部の東山道に属していたからです。都から発した東山道は近江を過ぎると内陸を通り群馬県で南下し東京都府中市
に至ります。
武蔵国府は府中市にあったからです。府中市からはもう一度北上し栃木県に向かっていました。不効率なルートです。9世紀に修正され相模国から武蔵国につながります。前置きが長くなりました。つまり鎌倉に幕府ができる以前からこの切通はあったと考えられます。


武士が勃興した時代、三浦半島を支配したのは平氏の流れをくむ三浦氏です。三浦氏の歴史は古く、鎌倉郡衙に出仕した土着の役人であったことがわかっています。前九年の役の功績が評価され三浦を領有することになります。
三浦氏にも興味がありますがこのあたりにしておきます。


さて名越切通です。朝比奈切通と同様に昔の姿を今日に伝えているようです。
 
●名越切通 map (赤いルートです)

Photo
今回は鎌倉から逗子に抜けました。mapを見ればわかりますが、JR横須賀線と国道が平行して走っています。
    
●市街地からJR横須賀線を超えてすぐを左折した集落です。
Cimg6970_2
●集落のはずれで踏み切りを渡ります。
Cimg6972_2
●ここで案内が出てきました
Cimg6973_2
●またすぐ分かれ道です。右の坂を上がります。
Cimg6974_2
●急な坂道を過ぎると人工的な取り付け道路に。しんぱ~い
Cimg6976_2    
●この先です。大丈夫かなぁ~
Cimg6977_2
●もっともっと心配になってきました。
Cimg6979_2
●なんとなく切通のにおいがしてきました。
Cimg6981_2    
●このあたりから足場が整ってきました。
Cimg6982_2
●ほぼ峠。道の真ん中の苔むした石。意味はわかりません。
Cimg6985_2
●峠の案内板  この先のまんだら堂やぐら群は封鎖中でした。
Cimg6987_2
●解説版
Cimg6989_2
●亀が岡団地と小坪地区の分岐 すぐ第一切通です
Cimg6993_2
●第一切通  峠から少し降りた場所です。
Cimg6995_2
●第一切通からすぐの標識
Cimg7001_2
Cimg7000_2
●逗子側の入り口です。
Cimg7003_2
今回のルートは30分程度でした。足を運んで思うのですが、古代の旧東海道が岩場を加工した切通であるわけがなく、鎌倉以降に設置されたルートだと感じました。 また三浦氏の攻勢を防衛する為の切通であるというのも理解しがたい。三浦氏の勢力
は三浦半島だけでなく、相模国全体に及んでいたし鎌倉にも屋敷があるわけで、この切通を強化する意味が感じられませんでした。もう少し調べてみないといけません。

                                                   きむらよしのぶ     

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