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京都市の史跡 六波羅蜜寺 平氏の拠点跡

Cimg4393_2_2                                                      撮影:2012年3月1日

●六波羅

平氏が勃興期を過ごした六波羅は京都の東山区は平安京の外、つまり洛外にありました。平安京は左京がすぐ衰退し、

鴨川側の右京に偏った都市構造になりました。鴨川はしばし氾濫し京の民を苦しめるのですが現在の東山区は都を囲む

山坂の続きにあり水害面では優位な地域だったのではないでしょうか?平氏がいつの時代から六波羅に拠点をおいたのか

はわかりませんが、新興勢力らしい地盤構築だったのではないでしょうか?また六波羅の地は京に入る街道を押さえる地

でもあり物流の面でも平氏に利があったのでしょう。六波羅蜜寺から七条におりたあたり、現在の三十三間堂の周辺が

後白河法王の政庁があった場所です。平氏の結びつきが見て取れます。当時のこの地域の地図「六波羅・法住寺殿復元図」

をあげておきます。(http://homepage1.nifty.com/heiankyo/heike/heike03.html)

平清盛が殿上人となった頃は西八条殿(以前の記事:http://c-forest.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-f911.html)

に移転しており晩年は福原に身をおきます。

●六波羅蜜寺

平氏の屋敷跡は六波羅蜜寺を含むかなり広大な地域です。現代の六波羅蜜寺は当時の10/1程度かもしれません。

Cimg4395_2                                                     撮影:2012年3月1日

京都の歴史石柱「此付近~」というこだわらない姿勢がこの地の歴史の複雑さと都人の物事の捉え方をあらしています。

Cimg4400_2                                                     撮影:2012年3月1日

平氏滅亡後、源頼朝が都に上ったときに滞在したのは六波羅で、その後六波羅探題がおかれます。六波羅探題は

足利尊氏によって討たれ歴史的役割を終えました。

Cimg4397_2

                                                     撮影:2012年3月1日

平清盛坐像

Cimg4396_2                                                     撮影:2012年3月1日

近年、発掘調査があったようだが資料を見ていないのでまた後ほど。3月1日に訪問したのにアップするのを忘れてました。

■六波羅蜜寺

住所 京都市東山区五条通大和大路上ル東(http://www.rokuhara.or.jp/accessmap/)

                                                     きむらよしのぶ

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