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京都市の史跡 史跡御土居2(上京区馬飼町・平野鳥居前町)

794年平安京遷都によって京都の都市機能がスタートします。平安京の規模は広大でした。

今の京都市の鴨川と桂川にはさまれた地域で、当時の人口からすればかなり広大な範囲であっという間に“右京”が衰退しました。

現在の町の中心ストリートは烏丸通りであり、繁華街の代名詞は河原町ですが共に都の左側に偏っています。

その“左京”に偏った形を正規のものにしたのは豊臣秀吉でした。

以前にも紹介しましたが他の地域の保存遺跡に足を運びました。

(以前の記事:http://c-forest.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-3ac1.html)

お土居の保存遺跡は9箇所で、今回の2箇所を訪れました。

○訪問したお土居 (地図の赤い囲みの場所)

Photo_2 

■北野天満宮内 お土居

北野天満宮の参道に入り口があります。城郭の土塁と想定してみてみるとかなりの規模で驚きです。

Cimg3916_2

新しい案内版です

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お土居の上から外側を眺めています。高低差がわかりにくいでしょうね。

Cimg3923_2

土居から堀に降ります。

Cimg3930_2

土塁上です。幅の広さがわかります。

Cimg3921_2

堀におりて土塁を見上げています。石組みは後世のものです。

Cimg3932_2

■平野鳥居前 お土居

北野天満宮の北門を出て左に出て、紙屋川の手前の道を上がるとお土居があります。

Cimg3947_2

案内板

Cimg3942_2

石柱

Cimg3946_2

天満宮のお土居をみて当時の規模を感じました。

お土居の狙いは色々と語られていますが、豊臣秀吉らしいスケールを感じますから防衛、水害対策程度では彼らしい都市設計のメッセージだったんだろうと思いました。

残りもまわってみます。

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