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滋賀県大津市の史跡 近江国庁跡

滋賀医大病院に行った帰りに「近江国庁跡」をたずねました。

国の史跡です。正式には近江国庁跡附惣山遺跡・青江遺跡といいます。

これが始めての訪問です。なんせ、自宅の近所に大津京(近江宮)があるもので、存在の重みを感じることが少なかったもので。

場所は、京都から大津に入り、瀬田の唐橋(瀬田川)を渡った丘陵地にあります。

Photo

国庁が存在した、奈良・平安時代は瀬田川の対岸からその威容をみることが出来たはずです。

ちなみに当時の唐橋は現在より南に架かっていました。

国府、国衙、国庁などこのブログにも登場します。

国庁は庁舎跡で、国衙は少し範囲を広げて官庁街、国府は住居を含めた都市と認識すれば間違いない。

今日訪れたのは国庁ですが、周辺の国府部分を含めて調査中です。

この調査、既に半世紀近い。たいしたもんだ。

●近江国庁

P1030585

解説版

P1030583

解説版の地図

P1030584

復元施設

P1030591

珍しい「木製外装基壇」

P1030589

「木」がはめ込まれた段がわかります。

P1030588

西側の復元建物

P1030580 

広大な地域です。写真ではうまく表現できませんが。

Photo_2

この遺跡が発掘されて始めて国府の存在が裏付けられました。

考古学史に残る史跡です。できるだけ保存してほしいものです。

しかし、案内板はないし、駐車場も見つけられませんでした。

事前に調べないと行き当たることも難しい史跡です。なんとかならんのかね。

明日は渋谷に戻ります。

木村嘉伸

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コメント

最近、天皇陵に関する新聞記事や本がまたポツポツ出てきてますね。ボストン美術館所蔵の仁徳天皇陵から出土したといわれてきた鏡や剣等に関して、宮内庁はボストンまで調査に出かけ、仁徳天皇陵造営年代とは違うという見解を示し、仁徳陵の出土品であるということを否定したそうな。仁徳陵の前方部はもうほとんど形をみないほど崩れてしまっているそうです。天皇陵の発掘調査、興味本位ではなく、もうそろそろ学術的調査を考えてゆかねばならないのではないでしょうか。でも、やっぱり無理やろなあ。・・・8月11日・12日・13日、仕事で東京に行ってきました。仕事の合間をぬって少しだけ「フィールドワーク」をして帰りました。早稲田の漱石公園(漱石山房跡)、漱石誕生地、市ヶ谷の東郷元帥記念公園、原宿の東郷神社。あと、このブログにも取り上げられていました靖国神社内にある練兵館跡も見てきましたよ。東郷平八郎のことを改めて本を読んだり、調べたりしています。取りとめない話ばかりですみません。少し近況まで。

なんや、きたんやったら連絡してくれや。9月、10月は関西にいることが多くなるので連絡するわ。経が島やらかそう!!

了解です。楽しみにしてます!!先日、湊川神社の宮司さんと飲む機会がありました。湊川神社も来てもらったら隅々まで案内してくれるとのこと。太平記のオタクのような宮司さんです。今年は太平記の世界にもいよいよ足を踏み入れることになろそうです。来神の際には湊川神社にも行きましょう。

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