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川崎市高津区の遺跡「橘樹郡衙(たちばなぐんが)推定地」と周辺遺跡

朝RUNついでの歴史散歩です。

郡は古代律令時代の行政単位で、荘園が登場するまでの400年間ほど存在した。

単位のニュアンスや枠組みを比較するのは難しいのですが、

 「国」・・・現在の都道府県

 「郡」・・・現在の市

という理解でもよいと思っています。

以前、都築郡衙跡を紹介しましたが今回は橘樹郡衙跡です。

橘樹郡は、現在の川崎市と横浜市鶴見区のほぼ全域と港北区・西区・保土ヶ谷区の一部です。

□場所 川崎市高津区千年字伊勢山台

今もはっきりした丘陵上にあります。

中原街道の両側の丘陵にたくさんの遺跡があります。

グーグル・アース(Google Earth home http://earth.google.com/)から作製

Map_2

●推定地

発掘調査のあと緑地公園となっています。

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この石柱の新しさの通り、調査は近年で平成10年からの6年間の調査です。

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タイトルの通り推定地で、40以上の掘立柱建物跡が見つかりました。

ほとんどが正倉(蔵)あとで、役所あとは見つかっていません。

近くに影向寺がありその周辺が役所のあとではと推定されています。

いずれにしても、この丘陵に重要な拠点があったことは間違いないようです。

●推定地遺跡地図

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周辺には遺跡が多く、古代には華のある地域でした。

推定地から丘陵を下って中原街道を挟んで対岸の丘陵には古墳と貝塚があります。

●子母口富士見台古墳

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住宅内に墳丘のみが残ります。公園のようです。

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弟橘媛が葬られた伝承があるようです。

考古学的な被葬者や発掘の情報がわかりませんが、解説板には日本武尊の伝説だけが紹介されていました。

足を運んで、びっくりです。こんな近くに古事記の伝承地があったとは。

但し、弟橘媛の伝承は各地にありますから本当のところはわかりません。

今日わかったのは「橘樹郡」の由来が弟橘媛であったことです。

○あわせて、子母口貝塚

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目的なしのRUNでしたが、よい遺跡に出会いました。川崎もゆっくりつぶしていきたいものです。

色々よりすぎて、最後は時間がなくなってタクシーに乗るという落ちでした。

木村嘉伸

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