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2011年5月

相撲部屋いろいろ

両国から錦糸町は一駅で、歩いて20分程度。その途中いくつかの相撲部屋の前を通りました。

●大島部屋元大関旭国が興した部屋です。

小さな体で小気味のよい相撲でした。

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●時津風部屋

暴行死事件や野球賭博など最近ことが多いですが名門です。

写真のとおり今も、「双葉山相撲道場」の看板がかかります。

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●花籠部屋

私は、輪島が好きでした。彼が横綱だったころもこの場所だったのかな?

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きりがないので、このへんで。

木村嘉伸

東京都の史跡 本所松坂町吉良邸跡2

アポイントの時間を間違い、時間ができたので両国界隈をぶらぶらしました。

残っているものは少ないのですが、案内板などは充実していました。

これまではあまり気がつきませんでした。

※前回の記事です。

http://c-forest.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-08d7.html

吉良邸の正門と裏門を見つけました。これで規模がわかります。

●正門跡

映画などで有名ですね。大石内蔵助が正門側の指揮をとりました。

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●裏門跡

裏門の主将は大石主税です。この案内板の向かって左側に土屋主税の屋敷がありました。

土屋は赤穂浪士の心意気に感じて、塀際に兵を配置し吉良の家来が塀を越えてきた場合、討ち取るように配下に指示を出します。

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●吉良邸の推定

いろんな資料を見ていると以下の地図の青囲みの部分になります。

右側に両国小学校があります。その規模を比較すると屋敷の大きさがわかります。

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相当な規模です。討ち入り当時は150名ほどがこの屋敷にいました。

非戦闘員もいたわけで、戦闘に参加したのは50名弱だったようです。

史上最高の奇襲劇が進行していきます。

吉良上野介を発見するのに時間がかかってように伝わっていますがこの規模なら納得できます。確かに事前に図面がないと戦術が練れなかったでしょう。

歴史は足を運ばないといけません。

ちなみに、近辺には前原伊助、堀部安兵衛の住居跡などがあり足で稼ぐと思いが深まります。

さてぶらぶらと錦糸町に向かいます。

木村嘉伸

ドラマ【遺品整理人 谷崎藍子Ⅱ】

昨年の同時期に第一作が放送されていました。

このブログにもあげましたが、絶品でした。今夜が第二作。テーマは重い。

生きる苦しさをじとっと表現していました。

主演の高畑淳子さんの新境地です。力ありますね~

重いテーマですから、へたな芝居だと暗さだけが残りますが、実のある味わいがじとっと迫ってきます。いい役者さんです。

レギュラーシリーズにするには軽快さにかけるけど。

矢崎滋さんと加賀まり子さんの明るい演技がよいバランスになっています。

さて第二作は、少し凝った作品になりました。二作目は難しい。

森尾由美さんの役回りが浮いてしまいました。いらないストーリーに感じました。

大久保佳代子さんのお母さんがなくなるところを山にすればよかったんじゃないかな。

若干、砂の器に似た展開になっていました。もったいない。

ところで、このロケどこなんだろう?

木村嘉伸

FACE BOOKの拡大がすごいね~

私もアカウントは持っています。しかし、ほとんど使っていません。

SNSは色々手を出していてアカウントだけはありますが、実際使っているのはこのブログとジョグノートだけ。

もっともジョグノートも携帯でアップしにくいので、ジョギングのコース管理だけであまり使いません。

FACE BOOKは映画以来凄いことになっていますね。

アカウントをとったのは2年前だったと思います。そのころは検索してもほとんど知り合いを発見できませんでしたが、このところはかなりの数です。

ほったらかしになる可能性が高いし、気にしだすときりがないので、双方向性の低いブログのほうが私の日常には向いているようです。

携帯メールも1日100本かるがる超えるので、対応できないのが現実。

しかし、こんなソーシャルネットワークが日本に根付くとはね~

実のない情報が多いから、発展形を想像しづらい。

どんなものになっていくのかね。

木村嘉伸

小説「塩狩峠」

著者は三浦綾子さんです。

夕方、何気なくテレビをみていました。今日はキャンセルして在宅。

番組は「人生の楽園」。北海道の方の紹介でした。

内容はよく見ていなかったので語る材料がありませんが、なんとなく表題の「塩狩峠」を思い出しました。

この小説は実話を基にしています。

たぶん読んだのは、高校時代。ラジオの朗読小説番組で聞いて、感激してすぐ読みました。

何回も読み返していますが、最後のシーンしか思い出せません。ラジオ朗読の印象がよほど強かったのだと思います。

それだけ最後のシーンは劇的でした。

結婚を前にした主人公の永野信夫(ちがってたらごめんなさい)は友人と列車にのり塩狩峠に差し掛かる。その際彼の乗った車両の連結が外れる事故が起こります。彼は鉄道員でもあります。

ブレーキをかけるが下り坂なので停止するに至らない。

その時、乗車していた永野信夫は自分がレールに飛び降りて下敷きになり列車をとめる決断をします。

彼はクリスチャンです。飛び込む際に、ひざまずいて神に祈ります。同乗していた友人がこの後姿を見たのが最後でした。

列車は彼の体に乗り上げて無事止まります。

これは実話です。

しばらく忘れていました。読み直そうと思います。

神々しい。

木村嘉伸

1週間で7人退職…橋下プロジェクト外国人講師

以下の記事を見つけた。

大阪府の橋下徹知事が掲げる「英語教育改革」の目玉として今年度から府立高校に導入された「使える英語プロジェクト」事業で、肝心の英語力が乏しかったり、無断欠勤が続いたりして、外国人派遣講師7人が開始からわずか1週間で業務を外されていたことがわかった。

こんなことをやっていたことすら知りませんでした。

いいことやってますね。言葉は大事です。会話も重要ですが、webの時代ですから、“読めれば”幅が広がります。

教育はリーダーシップそのものですから、国家的なイズムが必要です。

いまさらですが「ゆとり教育」なんてナンセンスこのうえない。失ったものは大きい。

さて記事では、人材派遣会社がかかわっていて、以下の弁。

「講師がうまく集まらず、結果的に能力や教育意識の低い人を採用してしまった」

人材ビジネスがいつまでもグレーな印象を与えるのはこういうスタンスにある。

社名を公表してほしいものです。

いいかげんな仕事をしてはいけませんね。

木村嘉伸

明日5月27日は 旧海軍記念日

明治から第二次世界大戦までの歴史、特に軍国主義的な事象を否定する傾向が現代にはある。

アジアの国に、迷惑をかけたのは事実だけど、逃げてはいけない。

歴史に向かい合わないと、次のステージにはいけないものです。

歴史を再評価するのは達人の仕業なので、政治家やマスメディアなどに任せるべきものではない。

海軍記念日は日露戦争の日本海海戦を記念しています。

ロシアのバルチック艦隊を向かい撃った日本海軍は戦史上まれに見る大勝を収めました。

勝ち負けとはあいまいな基準ですが、この海戦の勝利は敵艦隊がいっさいなくなるという

大勝利です。こんなケースは聞いたことがありません。

日露戦争は、ロシア艦隊が全滅し奉天会戦でのロシア陸軍の大敗で、勝負が決しました。

その意味で、近代日本が国際的に認められた戦いであり、その後急速な軍国化で国際社会から遊離していくスタートでもあります。

奉天会戦で日本軍が奉天市街に流れ込んだのが3月10日で、旧陸軍記念日です。

私は、二日はなんらかの回顧があってよい日だと思います。外国がどのような反応を示そうと。

そういうスタンスが国家には必要だと思います。

本当の理由はわかりませんが、靖国神社を参拝しつづけた小泉純一郎元首相は、その行動だけでも日本的ではなくで面白い存在でした。

少し説明が足りなかったですが。

歴史を受け止められない民族に発展はないものです。

逃げずに、踏み込んで新たな評価を加えないととけません。

学校でも歴史をないがしろにしすぎている。

思うことがありました。

木村嘉伸

「シカト」してたんだって 小沢一郎民主党元幹事長

昨日5月24日に小沢一郎・渡辺恒三両議員の誕生日会が開かれて、二人の雪解けを印象づけた。

小沢一郎はスピーチの中で「シカト」していたといっていたがびっくりしました。

シカトが花札の用語であることは知られています。

また、若者言葉にもなっている。

要するに、品のよい言葉ではない。政治家だけでなく、公職にある人が人前で公式に使うべき言葉ではない。

品格とはこうしたところに表れる。

小沢一郎はたいした政治家だと思うが、表舞台で大向こうをうならせるようなタイプではないので、アウトプットの出来が悪い。

惜しいところです。

木村嘉伸

すごろく 人生

「双六人生」などという表現がありました。最近は眼にすることがなくなりました。

昔は人生のコントロールは自分ではできないという考えがあったのでしょう。

現代の日本人にはしっくりといかないようです。

唐突な話題ですが、日々の行動・考えは人生の双六をふっているようなものだと

思うことがあります。

自分の人生はある程度コントロールできますが、ゴールへのプロセスが双六の眼であるように思います。

このゲームは早い遅いはありますが、ゆっくりでも必ずゴールはできるのです。

スピードが重要か?

最後に何をつかむのかが重要か?

いろんな価値観はありますが、豊かな後半生が一番必要なように感じます。

私は来年で50歳です。自分の感覚では20歳代ですが、鏡を見たらやっぱり50歳です。

あと30年程度の人生です。まだ社会人になって半分も終わっていないのですね~

素敵なゴールに向かって、さいころを振らないといけません。

寒かったなぁ、今日。

木村嘉伸

“育ち”を超える教育はあるのか

先日から、過去の受講者と表題の内容について議論(酒の肴ですが)しています。

私の意見では「育ちは変えられない、もっとも重い人の基盤」。

だが、彼はそうとは思えらしい。

私は研修をやっているが、根本的に変えられる人は少ないと思っているからこの仕事をしていられると思っている。

変えられる人が多いのなら、こんな“商売”が成立するわけがないじゃないか???

という話を今夜もしていました。

議論が若くでいいね~

木村嘉伸

bjリーグ ファイナル4 有明コロシアムに行ってきました。

2010-2011シーズンのチャンピオンシップです。

浜松対沖縄。浜松は強い!

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大阪エベッサの選手ですが、私は名前がわからない・・・

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まずまずの入りでした。

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沖縄の小さなミスの繰り返しで、最後は切れてしまいました。

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健太郎はこのために大津からやってきました。好きだね~

木村嘉伸

上野寛永寺 彰義隊の戦い

浅草から帰宅途中に上野によりました。

古い土地ですが、猥雑さが好きではなく足を運ぶことが少ない。

こういうついでの時にちょうどいい。大阪なら、天王寺・阿倍野に似ています。

上野公園はホームレスのテント村が有名でしたが、撤去されていました。

いろんな事情はあるでしょうが、容認する気持ちになれないんですよね。

上野恩賜公園は、江戸時代には東叡山寛永寺という大伽藍がありました。

現在も上野公園のはずれに寛永寺は存在しますが、幕末の上野戦争で灰燼に帰し規模も1/10程度になっています。

●現在の寛永寺

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社務所? 葵の御門の染め抜きが鮮やかです。

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寛永寺は江戸幕府の初期に江戸の町の鬼門を封じるために作られた寺。

将軍家の墓所として芝の増上寺と権勢を競う時期もありました。

上野公園は舌状台地にあります。ということで、古代遺跡が眠っています。

近年、発掘調査が進んでいますが、調査報告書を読んでないので、詳細は別の機会に。

そうそう、ひとつだけ。

不忍池の西側に東京大学の広大な敷地が広がっていますが、この地から発掘された土器からひとつの時代区分ができました。発掘されたのは「弥生土器」です。最後にその地にいきました。

●弥生式土器発掘ゆかりの地

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それはさておき。

●幕末の「彰義隊戦争」※最近は上野戦争というらしい

鳥羽伏見の戦いで幕府軍は一敗地にまみれた。その後は戦らしい戦は行われず、

勝海舟と西郷隆盛の会談で江戸城無血開城となり、新政府軍は江戸の地を手に入れます。

戦闘もなく、首都を会談で受け渡した例は有史以来、幕末だけです。

江戸開城後3ヵ月、旧幕府の抗戦派は上野寛永寺に集結する。

篭ったのは1000名ほどだったようです。この地は広大で1000名程度で守れるものではありません。

上野公園の入り口に有名な黒門があり、それが大手門のようになっていました。

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戦闘がたけなわになった頃、現在の東大の地にあった加賀藩邸からアームストロング砲が咆哮し、伽藍を焼き尽くしました。それと同時に西郷隆盛率いる薩摩軍が黒門口を破り勝敗はこれで決し、敗残の旧幕府軍は谷中方面に落ちていきました。

これで、新政府は国内の大半の鎮圧に成功しました。政権基盤が確立した戦闘でした。

上野公園内に彰義隊の墓があります。

●彰義隊の墓

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墓となっていますが、実態は火葬地のようです。

旧幕軍、新政府軍との共々の立場で訪問してみるのも面白いかも。

まったゆっくりいってみます。

木村嘉伸

BSで『小説家を見つけたら』やってました

この映画、結構好きです。

ショーン・コネリーの厚味がよいのでしょうが、ストーリーもすっきりしていて受け入れやすい。

御伽噺ぽい部分もありますが、エンターテイメントだからそれで十分。

Xメンのローグ役のアンナ・パキンがヒロイン。またエンディング近くにマットディモンが印象的な登場をしています。

何回も見てますが、いいものはいいです。

先週は意味のわからない発熱で往生しましたが、やっと一段落です。

この土日は健太郎が東京に来ています。

木村嘉伸

東急ストア鷺沼店が「フレルさぎ沼」にリニュアルしました

私の住む鷺沼駅前には東急ストアありましたが、デベロッパーも変わって「フレルさぎ沼」になりました。

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今日がプレオープンです。夕方に通ったら、なかなかの来店客数でした。

グランドオープンは明日ですが、鷺沼にはほかにショッピングゾーンがないので告知効果は大きいようです。

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以前は東急ストアが主体でしたが、どうも東急電鉄が主体になったようですね。

テナントは大幅に変わりました。マクドナルド以外は全部変わったのかも。

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鷺沼は近辺にショッピングゾーンも多く、リニュアルしても期待していませんでしたが、たいぶましになりました。

住宅街ですから、日用品も大事。変わったテナントばかりですが面白いかもしれません。

一回の食料品は品ぞろえに変化があり、導線もよくなり買いやすくなりました。

惣菜類もアイデアが入っていました。

箱物商売は大変ですね。

木村嘉伸

君が代

大阪府の橋下徹知事は17日、入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立しない府立学校や公立小中学校の教員を免職する処分基準を定めた条例を9月の定例府議会に提案する考えを示した。

反対している代表は教職員組合系列。以前からこの構造は変らない。

もう当たり前になっているので、あえて問題意識を持って当たる空気もない。

起立しないから懲戒にするのも違和感があるが、線を引く時期が来ているのかもしれません。

政治より文化の範疇だと思います。

君が代の歌詞は現在ではなくなってしまった日本語がたくさん入っていて、流通することの重要性も感じる。

これだけ。

木村嘉伸

お馴染み 日産スタジアムのフリーマーケット

昼から新横浜に向かって出発。鷺沼⇔新横浜往復RUN 26km 筋肉痛です。

風が強いが、暖かい。湿度も低くて走りやすかった。

多少散歩ぽいRUNだったけど、久しぶりに20km以上走って、筋肉ぱんぱんです。

ジョグノートにあげときます。http://www.jognote.com/jogmaps/619265

日産スタジアムではフリーマーケットやっていました。

出展数がやや少ない?

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屋台もケバブが多すぎ~

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この夏の間に体脂肪率を3%落とすのが目標なので、生活のリズムを作らないとね。

熟睡できるように体を疲れさせる日常が大事やと思っています。

今日は20時には寝るかな?

木村嘉伸

ドラマスペシャル 最後の晩餐~刑事・遠野一行と七人の容疑者~

井上由美子さん脚本のドラマです。

犯人はすぐわかりましたが、全体像が最後まで見えない展開でした。

奥さんが出て行って終わるのですが、この意味がわかりませんでした。

また、いらないエピソードだと思うのだが。警察学校への移動との対比が必要だから挿入したようにおもえゃいました。

しかし、佐藤浩市さんは力が抜けてきました。

いい演技者でしたが、どうも力のいれどころが好きじゃなかったのですが、

かなりナチュラルな演技になってきました。お父さんに似てきました。

咳以外は体調も戻ってきました。

明日、日曜は朝だけ仕事がありますが、久しぶりにじっくりRUNの予定です。

暑いだろうなぁ~

木村嘉伸

「原発事故、自民も責任=谷垣総裁 時事通信 5月12日(木)17時9分配信」

 自民党の谷垣禎一総裁は12日午後の記者会見で、福島第1原発事故に関し、「(同党政権下で)日本のエネルギー政策に原子力を位置付け、推進してきた。われわれも責任を負っている」と述べ、原発立地を進めた同党にも責任があると認めた。

 

そのとおりです。自民党は下野してから存在がかなり小さくなって、民主党政権がこんな体たらくなのに攻め口を失っていました。

過去をしっかり振り返らないと、国民からは支持されない。

振り返ると党内のベテランに反感を買うんでしょうが、それしかない。

自民党のような長期政権が国政を負われて、同様に復活したケースは過去に見当たらない。また、長期政権のあと交代した政権も長続きしないのが歴史です。

民主も自民も歴史を知らない。歴史は人の感情の積み重ねだから、国民の心を知らないのが政治家なのでしょう。

国民の支持を失ったら、取り返すべく努力をするしかない。それは振り返りからスタートするしかない。

自民党が早くから、この点に着手していたら震災のこの時期、違ううねりになっていたかもしれません。

もう遅いかな。

木村嘉伸

今日は日野 雨です

甲州街道の宿場は四十四次です。

東海道五十三次は有名ですが、甲州街道はそれほど有名ではありません。

下諏訪から日本橋までですから、距離は短い。

日野宿は八王子横山宿と府中宿の間です。

当時の町の規模が知りたいと思うのですが、時間もなくまたゆっくり。

新撰組ブームの度にてこ入れされて、観光地としても少しはましになってきました。

●日野駅前の案内板

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●まちかど写真館

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宿場のいくつかの場所にこうした写真の掲示があります。

なかなかよい。

日野宿の観光化は限界があります。

当時と同じように甲州街道が街中を走っていて、車の通行量が多いから観光客がゆっくりやってくる余地がありません。

今日はこれまで

木村嘉伸

久しぶりにジェネリックに変更してくれました

先週の金曜の夜中から39度台の熱になやまされ、ずっと布団のなか。

日曜はどうしても外せない仕事があって、何を話したか覚えていませんがとりあえず終了。

医者で処方箋が出てきたので薬局へ。

いつもなら、持ってく薬局を考えるのですが、その力もなく以前「だめ」と思った薬局に

いきました。

すると、以前よりきびきびした対応で、ジェネリックへの変更を確認しにこられました。

当たり前なのですが、以前はこんなこともなされていませんでした。

どういうミッションになっているのか、フローもよくわからなかったが、薬局長が処方箋の一時判断をしているようでした。

病院でいえば、受付に総合医がいるようなものです。ひょっとしたら、新人が多いかもしれません。

今日はシフト外なのかもしれませんが、なかなかよい。

それほど大きな薬局ではないので、面白いと思いました。

今日はなんとか仕事をしてきましたが、すっきりしません。歳だなぁ~回復に時間がかかる。

さて、早めに休みます。

木村嘉伸

土下座するかな? 自分なら 東電や食中毒「えびす」の経営者をみて

関東に戻ったら、やっぱり街が暗いです。

29日から5日まで自宅に戻り、今朝6日の始発で戻りました。

関西にいてると、震災を実感することが少ないですが、関東に戻るとやっぱり色々と

感じることがありますね~

東電の経営陣が、被災地を回ってのお詫び行脚での土下座

ユッケで集団食中毒を起こしたフーズフォース社長の土下座

それぞれの非を批評するつもりはない。

ただ、土下座という行為はどうかと思う!!

もし周囲の方々が要望したのなら、その方の品格を疑う。

もちろん、そんな状況に至ったことには問題があるのだが、卑しい行為に思えてならない。

いつから、トップに立つ人がこんなことをするようになったのか?

また、要望するようになったのか?

今回の震災では、海外の日本人に対しての好意的な印象が報道されたが、土下座経営者ほ見ていて、本当にそうか?と思えてならない。

卑しいね

まぁこのへんで。

はるみちゃんと健ちゃんはレイクスの応援に今日から沖縄に行きました。

私は今帰宅しましたが、久しぶりでくたびれました。

くたびれると腹が立つことが多い。

木村嘉伸

鴨川 葵橋より

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よくドラマの撮影もされています。

この季節の緑が一番好きです。

木村嘉伸

京都 上賀茂神社 加茂競馬(かもくらべうま)

宮中から始まった神事です。

【一の鳥居】

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【元々中央競馬の競走馬だったとのこと】

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見所は両側にあります。

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真ん中の芝が走路です

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警固衆が埒内を見て回っています。かわいらしい

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左方後見高台の判定役

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解説とアナウンスをされてました。わかりやすい。

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勇壮です。 

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9組の最後の競馳

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念願でした。14時からですが、一時間前に入らないと、席が確保できません。

一時間ちょっとの神事です。見ごたえがあります。

木村嘉伸

京都 下鴨神社 歩射神事

下鴨神社にいってきました。

今日 5月5日は 歩射神事です。タイミングがあわず、今年がはじめてです。

【糺の森】 古代からの原生林です。平安京の歴史を見てきたのです。

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【楼門】

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【射者のみなさん】 

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【屋越式(やごししき)】鏑矢を楼門の屋根を越えて飛ばします。

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【連続で矢を射る】

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小笠原流のみなさんです

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古式はよいものです。天気もよく最高でした。

鏑矢が楼門を超えるところが見れました。「ひゅー」と音がするのですね。古典の記述どおりの音でした。

ついでに

●鴨長明の方丈

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移動家屋です。初めて見ました。ロジカルです。

●案内版

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さて、このあとは上賀茂神社です。

木村嘉伸

好きな景色

大津市下坂本 四ツ谷川 の土手

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家の周りでもこうした景色が少なくなってきました。

木村嘉伸

3D映画「ガリバー旅行記」見てきました

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ガリバーのイメージは見事に壊してくれました。

が、そこそこ楽しめました。健ちゃんとレイトショーにいってきました。

それだけ

木村嘉伸

日吉大社 はるみちゃんとRUNしました

穴生を経由して、日吉大社へのRUN。気温が高いしまいります。

八重桜が華やかです

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日吉大社の山門

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葉もみじ 

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石組みと葉もみじ

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日吉は比叡山延暦寺の里坊があつまる場所です。

中世以来、延暦寺の影響力は大きく京都滋賀を訪ねたら一日かける値打ちがあります。

木村嘉伸

関蝉丸神社 はるみちゃんとRUNしました

はるみちゃんと近辺をRUN。

旧東海道で逢坂山に至る途中に関蝉丸神社があります。よく車で通りますが

足を運ぶのは初めてです。

東海自然歩道を走ります。

この時期は祭が多い。田植えの時期ですから豊作、「五穀豊穣」を願うものなのでしょう。

●早尾神社 日吉大社の末社のはず。走ってはあがれないのでまたゆっくりと。

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●三尾神社の神輿 うさぎの意匠がかわいらしい

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旧西近江路を走って長等公園に入り、山越えで上栄町に出ました。

●関蝉丸神社 鳥居の前を京阪電鉄が走っています。

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平安時代中期の琵琶法師・歌人である蝉丸が逢坂山に住み、その没後上社と下社に祀られるようになった。写真は下社です。

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人が少ないこともあり、ひなびた味があります。

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わずか、往復7kmですが、アップダウンがありこたえました。 今夜は、はるみちゃんの姉さん家族がやってきます。 木村嘉伸

黄砂

昨日、今日と黄砂がすごい。

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天気はいいはずなんですが

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はるみちゃんのピックアップを待って、今日のRUNは終了

木村嘉伸

新緑の三井寺と疎水

●三井寺の新緑と石垣  美しい

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●疎水 こちらも緑が深い 

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今日は平日なのではるみちゃんは仕事です。

私は一人でしかできない、歴史散歩RUN。宇佐山と旧東海道を膳所まで。

10kmプラスハイキングです。眼が休まるいい季節ですね。

膳所城はまた別の日に。

木村嘉伸

滋賀県の城郭 宇佐山城址 「志賀の陣」

信長付いていますが、姉川の合戦の3ヵ月後に起こった「志賀の陣」で奮闘した宇佐山城址にいってみました。

近江神宮の西側の山で、訪れるチャンスはあったものの城跡には初めての訪問です。

その前に当時の情勢を見ておきます。

グーグル・アース(Google Earth home http://earth.google.com/)から作製

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【志賀の陣】

1570年 7月 姉川の戦い

その後、三好三人衆や石山本願寺の蜂起など、織田信長の包囲網が活発になります。

その年の9月、朝倉・浅井連合軍が湖西を回り、比叡山延暦寺と連携しつつ、京都をうかがいます。

南近江の織田軍の主城は宇佐山城です。

延暦寺や京都へのいくつかの侵入路の押さえの役割だったはずです。

各地が蜂起がおこり、この地の織田軍は3000名程度。

朝倉・浅井連合軍は2万とも3万とも。

宇佐山城を守るのは森可成。有名な森蘭丸の父です。

朝倉・浅井軍の侵攻に際しては、果敢にも打って出て地の利をえるべく坂本に進出する。

しかし、衆寡敵せず可成は戦死する。

その後朝倉・浅井軍は宇佐山城に迫るが、必死の防戦で信長の援軍がくるまで持ちこたえることができました。

もし、この城が早期に崩れていたら、包囲網は狭まり歴史は変わっていたかもしれません。

12月に入り、織田軍と朝倉・浅井軍の和睦が成立します。

南近江の緊張はこれでとけます。なぜ和睦だったのかも不審です。

一年後、信長は比叡山焼き討ちを行います。

ちなみに織田軍の危機は1573年の武田信玄の死まで続きます。

【宇佐山城の現況】

宇佐山城はすぐ廃城になり、南近江の領主になった明智光秀は坂本に城を移します。

●湖畔側からの遠景 真ん中の塔がたつのが宇佐山

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●上り口

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●宇佐八幡宮参道

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●道らしい道はない。でも案内看板が充実しています

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●志賀小学校の生徒さんの案内板 健太郎、美菜の出身小学校です。

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●急峻でそま道に近い

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●本丸あとに向かう階段 今は放送局の中継基地なので、遺構はない

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●石垣

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●本丸?二の丸? の石垣

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大変急峻な山城です。山頂部は平坦だが、敷地は狭く見張り台程度の役割しか果たせなかったのではと考えます。

山頂にいたるまでに砦のような拠点がたくさんあったのではないかと思います。

木村嘉伸

此附近露國皇太子遭難之地 大津事件の碑

大津市歴史博物館の企画展で大津事件120年記念企画 「大津事件と津田三蔵」が

行われていました。家族はbjリーグのプレイオフに。私は一人てうろうろ。

1891年(明治24年)5月 時代を震撼する出来事が大津市内で起こりました。

当時の日本はやっと近代社会に乗り出した時期で、国際的地位はなきに等しく

大国ロシアから見れば吹けば飛ぶような存在です。

ロシア皇太子の訪日は国内を沸き立たせました。もちろん、危機感と共に。

来日は5月ですが、京都では、季節はずれの五山の送り火も行われています。

●ここからは日記風に

5月11日 昼ごろ ロシア皇太子に津田三蔵が切りかかる。所謂大津事件

      ロシア帝国皇太子・ニコライは後のニコライ2世でエカテリンブルグで銃殺された    

      帝国最後の皇帝。

      警備にあたっていた警察官・津田三蔵に突然斬りつけられ負傷する。

      津田は警備中の巡査に取り押さえられた。ニコライは右側頭部に9cm近くの

      傷を負ったが、命に別状はなかった。

5月12日  明治天皇 京都に到着した。

5月13日  明治天皇 ニコライを見舞い

5月19日  明治天皇 自らが神戸港のロシア軍艦を訪問する。

5月27日  津田に無期徒刑(無期懲役)の判決が下された。

わすが16日で判決までもっていきます。

現代では当時の危機感は味わえません。

帝国主義の時代ですから、世界の強国ロシアが復讐の為に攻めてくるという危機感があったようです。

日本の成長と共にロシアとの軋轢も生まれつつありましたから、より危機感があったのでしょう。

●事件発生の地 

Cimg3484

歴史的な事件ですが、地元では取り扱いようもなく石柱と説明プレートだけです。

Cimg3485

石柱を背にして。この道は旧東海道で、滋賀県庁を出たニコライ一行はこの通りをこちらに向かってきました。

道幅も変わっていません。家並みも変化が小さいので、臨場感のわく場所です。

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●地図

Map

■大津事件発生の地

所在他 滋賀県大津市中央二丁目

木村嘉伸

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