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東京都の名所 聖橋(ひじりばし)

珍しく23区内の仕事で、総武線で錦糸町に向かいました。

途中、御茶ノ水で乗り換え。
ホームからは聖橋の偉容が迫ります。聖橋が架かるのは神田川で、江戸城の外堀です。

110325_142955

さだまさしさんに「檸檬」という曲があり、歌詞に聖橋が登場します。

若さの悲哀をさだまさしさん独特の世界観で歌い上げています。
だから鄙びた印象を持っていましたが10年前に初めて見て、自分の勘違いだと知りました。

Photo_2

御茶ノ水橋110325_143016

この掘は人口のもので、二代将軍秀忠の時代に天下普請で掘り下げました。

当時は神田山があり、山を崩して掘り下げたものです。

「川」、「堀」というより渓谷です。

人口の渓谷がこんな見事なものになるとは驚きです。



さて聖橋。

この橋は関東大震災の復興橋梁の一つなのです。

大正12年(1923年)9月1日(土曜日)午前11時58分32秒(以下日本時間)、相模湾北西沖を震源として発生したマグニチュード7.9の大地震。

死亡・行方不明者約10万人という史上最悪の被害でした。

震災のあと帝都復興院が設置され、総裁の後藤新平により帝都復興計画が提案されました。

後藤新平は当時「大風呂敷」と揶揄された政治家でしたが、日本史上屈指の政治家だっとと思います。また別の機会に紹介します。

この復興計画は理想的な街づくりだったのですが、当時の経済は下り坂で復興資金を出すことができませんでした。

この時に街づくりを一新していたら、東京は違ったものになっていたでしょう。

昭和2年(1927年)聖橋は完成します。

木村嘉伸

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