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群馬県太田市の史跡 新田荘遺跡

昨日24日から群馬県にきています。

今日は時間をぬって、新田荘遺跡にいってました。

この遺跡は中世荘園の痕跡を残す遺跡で、そのうち11箇所が史跡指定を受けています。

現在の地名では群馬県太田市です。太田市は群馬県の南東端にあり、栃木県足利市と渡良瀬川をはさんで接しています。

太田市は富士重工の企業城下町ですが、高い建物がありませんし農地も多いので坂東平野の広大さと中世の生活感を味わうとができます。

この遺跡はそれだけに価値があります。また文献ものこっており東日本屈指の荘園遺跡です。

この遺跡はもっと大事にしないといけないし、広報もしないとね。隣町の足利とともに是非一度は足を運んでほしいものです。

名前のとおり、新田義貞を生んだ地です。

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また、遺跡の南部には「徳川家発祥の地」もあります。

私は中世荘園に暗いので、この機会に勉強しようと思います。

荘園はわかりやすくいえば私有地です。

新田荘は八幡太郎源義家の四男義国がこの地に定着したことから始まります。

義国は跳ね返り者だったようでなんども朝廷に逆らい、源家の中心からはずれ土着し土地開拓者となります。

彼と息子の義重は開拓した地を寄進し荘園が成立します。京都では平清盛の時代になっていました。

その後は穏やかな一地方都市として発展していきます。

変化が訪れたのは1333年の新田義貞の挙兵です。

建武の新政は紆余曲折がありましたが、代々新田の血族が支配をし戦国に入ります。

荘園の時代を終わらせたのは豊臣秀吉です。太閤検地は土地支配を明快なものにしました。ひとつの土地には一人の支配者とし、私有を許さない政体に移行したのです。

能書きが長くなりました。太平記の里です。今の地名も太平記に登場するものばかりです。

スタートは「世良田駅」からです。

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木村嘉伸

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