無料ブログはココログ

« ぼけない五か条 | トップページ | 薬過剰投与で死亡、薬剤師に異例の賠償責任 »

府中の史跡 分倍河原古戦場

寒かったですね、今日は。仕事の間に分倍河原で乗り換えたので、思いついて古戦場を見に行きました。

「分倍河原」では歴史上、二つの重要な戦いがありました。

鎌倉幕府の滅亡に繋がった1333年の合戦。

室町幕府の衰退を決定づけた1455年の戦いです。

後者はあまり興味がないので、有名な新田義貞の戦いをみていきます。

分倍河原の駅前ロータリーには新田義貞の像があります。この像は鎌倉に向いています。

110210_150010

義貞が新田荘の生品神社で挙兵し鎌倉に進軍を開始したのは旧暦5月8日。

鎌倉街道をひたすら南下し、小手指、久米川で鎌倉軍を撃破し、武蔵野国に入ります。 この地に到着したのは5月13日のようです。

今なら、車で3時間ぐらいでしょうか?

太平記は誇張された数字か好きなので軍の実数きわかりません。軍記では新田軍20万となっていますが、現在の人口などを考えてもこんな数字はありえない。0がひとつ多いぐらいじゃないかな。

5月16日、この合戦に勝利した新田軍は鎌倉に向かいます。有名な稲村ガ崎の迂回攻撃で、新田軍は鎌倉に侵入し、勝利を収めます。

5月22日だったといわれています。

新田義貞が本拠地の群馬県太田市(現在)をスタートし、倒幕に成功したのはわずか二週間後。 さて、分倍河原の古戦場は石碑と案内板のみです。

110210_151813 110210_151851

以前から不思議だったのは、「河原」がないことです。多摩川が当時は北を流れていたのかもしれません。

現在は新田川という小川があるだけです。大軍展開するには、十分な平野ですが、平押しするしかない地形です。

ここで時代が変わったのですが、石碑ひとつとは愛想がないものです。

もっとも、古戦場を調べるのは限界があるものですから、仕方がありません。 さて、これから横浜です。今夜は大津に戻ります。

●分倍河原古戦場の碑

所在地 東京都府中市分梅町2丁目36付近

アクセス 分倍河原駅より徒歩8分

木村嘉伸

« ぼけない五か条 | トップページ | 薬過剰投与で死亡、薬剤師に異例の賠償責任 »

名所・旧跡・史跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1210945/38818877

この記事へのトラックバック一覧です: 府中の史跡 分倍河原古戦場:

« ぼけない五か条 | トップページ | 薬過剰投与で死亡、薬剤師に異例の賠償責任 »