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横浜の史跡 生麦事件

生麦事件は幕末の1962年に起こった外国人殺傷事件です。

殺傷した薩摩藩には特別な思惑はなく、大名行列を妨害した“暴漢”に国内法に乗っ取った処置を下しただけでした。

生麦事件は池田屋事件以上に重要です。
事件のあと、幕府は処理に手を焼き、当事者である薩摩藩と直線交渉を許してしまい、統治能力のなさを内外に示してしまいます。

一年後に薩英戦争がおこります。

この戦争の勝敗は色んな見方があり、互角の内に政治的に引き分けたと見るのが正しいと思っています。

この戦争は日本人が最初に白人を押し返したという歴史的な出来事でひょうかんをもってならした薩摩武士の愁眉です。

歴史ものになると文章が固い。

英国は薩摩と結ぶ決断をします。

当時の世界はフランスと英国のせめぎ合いでしたが、日本でも、幕府がフランス、倒幕派が英国という構図になったわけです。

その後、歴史は急展開を向かえます。


以前から行ってみたかったのですが、素通りするばかりで、時間が出来たので生麦に行ってみました。

全く面影はありません。

当時は神奈川宿に一時間あまりの寒村でした。
埋め立てが進んで海岸線は遠くなりました。


●発生地
リチャードソン一行が行列に割り込んだ場所

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発生地からリチャードソンほかが疾走した横浜方面をながめる

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●リチャードソンが亡くなった場所
(平成22年12月に現地点に移動)

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元の場所です。

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本来の場所はもう100mほど横浜よりだったようです。

斬りつけられて負傷したリチャードソンが馬で逃れて、最後を迎えた場所です。
発生地からは横浜よりに400mほどでしょうか。

この地の出来事で、歴史が変わりました。


現代人からすれば薩摩の野蛮な行為に思えますが、これが当時のルールであり、ルールを無視したリチャードソン一行に非があるようです。
合にいれば合に従えです。

現代でも同じような国際問題が起こりますが、合にいれば合に従えの精神が大事なんだ。

この足で神奈川台場跡に向かいます。

●生麦事件の跡

所在地 神奈川県鶴見区生麦1丁目から4丁目

アクセス 京急生麦駅より「生麦事件の碑」までは徒歩10分

木村嘉伸

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